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『孫子の兵法』(2)

孫子曰く
「私」の兵法を豊かに開発し続けよ

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3. 孫子のたくらみ

孫子をどう読むか。春秋時代から現在まで名だたる将軍はもとより、多くの研究者や翻訳者らが注釈(解釈)を試みています。今では戦争のみならず、ビジネスや人生に役立てるため「兵法」からの「(ビジネスや人生への)変換」も容易に行われています。

がその前に、誰が正しく『孫子の兵法』を解釈しているのか?問題があります。

『孫子の兵法』は「決定版がないテクスト」なので、私含め誰も彼もが「完全に正しく解釈している」とは言い難いのが、本当のところです。

では、なぜ正しく解釈できないのでしょうか?
原文落丁、脱字、経年劣化による文字の掠れ、中国語の特性上何通りもの意味で解釈できるなど、こういった文章そのものに原因を求めるよりも(それは大した問題ではない)構造自体が作用した結果であると考えたほうが、実際に即した自然な解釈です。ところが、ほとんどの場合、孫子の言葉自体に囚われてしまい、全体を見失っている状態です。この全体を見る、という行為が、戦争やビジネスで言うところの最も重要な「戦略を読む」という行為になります。

「上兵は謀(ぼう)を伐つ(謀攻篇二)」

最上の戦争は敵の陰謀を(その陰謀のうちに)破ること

我々は『孫子の兵法』に仕掛けられています。したがって、先に孫子の戦略を読まなければなりません。全体(戦略)を理解しなければ、孫子の謀を伐つことなどできないでしょう。伐つ、というのは、ここでは「理解する」という意味で使っています。

戦略について、もう少し解説を。

戦略(全体)→戦術(細部)の順番に把握し、考えます。これは戦争・ビジネス・その他、何であっても、この順番が逆になることはありません。なぜなら戦術は、戦略に準じているからです。

戦略と戦術の関係

戦争に置き直せば「敵は〜という武器を使い、〜の方角から向かっており、兵力は〜で、等々」これが戦術です。「何のために、その武器を使い、その方角から兵力〜で来るのか?」これが敵の意図する隠された戦略の全体であり、その中心を、先に正しく読むことが肝要です。

※最新武器や破壊能力の高い武器を使えば勝てるとの巷の認識は間違い。武器はあくまでも「戦術」の枠組みに入るため「優れた戦略」を計した側が、最終的に勝ちます。

孫子の説明では、こうなっています。

「勝を見ること、衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ざるなり。戦い勝ちて、天下善なりと曰うは、善の善なる者に非ざるなり。故に、秋毫(しゅうごう)を挙ぐるは多力と為さず。日月を見るは明目(めいもく)と為さず、雷霆(らいてい)を聞くは聡耳(そうじ)と為さず。古(いにし)えの所謂(いわゆる)善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。故に善く戦う者の勝つや、奇勝無く、智名も無く、勇功も無し。故に其の戦い勝ちて忒(たが)わず。忒わざる者は、其の勝を措(お)く所、已(すで)に敗(やぶ)るる者に勝てばなり。故に、善く戦う者は、不敗の地に立ち、其して敵の敗を失わざるなり。是(こ)の故に、勝兵は先ず勝ちて而る後(のち)に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む(形篇二)」

勝利をよみとるのに一般の人々にも分かるような、はっきりしたものについて知るていどでは、最高に優れたものではない。まだ態勢のはっきりしないうちに読みとらねばならぬ。戦争してうち勝って天下の人々が立派だと褒めるのでは、最高に優れたものではない。無形の勝ち方をしなければならぬ。だから、細い毛を持ちあげるのでは力持ちとはいえず、太陽や月が見えるというのでは目が鋭いとはいえず、雷のひびきが聞こえるというのでは耳がさといとはいえない。昔の戦いに巧みといわれた人は、ふつうの人では見分けがつかない、勝ちやすい機会を捉えて、そこでうち勝ったものである。だから戦いに巧みな人が勝った場合には、人目を引くような勝利はなく、智謀すぐれた名誉もなければ、武勇すぐれた手がらもない。そこで、彼が戦争をしてうち勝つことはまちがいないが、そのまちがいないというのは、彼が納めた勝利のすべては、すでに負けている敵に勝ったものだからである。それゆえ、戦いに巧みな人は、身方を絶対に負けない不敗の立場において、敵の態勢が崩れて負けるようになった機会を逃さないのである。以上のようなわけで、勝利の軍は、開戦前に、まず勝利を得て、それから戦争しようとするが、敗軍は、まず戦争をはじめてからあとで勝利を求めるものである。

「敵は〜という武器を使い等々」これは戦術であり、見たまんまですよね?今どきの戦争でも、コンピュータや専用機器で計測すれば分かること。それを知ったからといって何かが分かるわけではないし、勝敗に直接影響するわけでもないです。

「(孫子)まだ態勢のはっきりしないうちに読みとらねばならぬ」これは何を読み取るのでしょうか?そう戦術でなく、その全体を包括した戦略の、隠された中心を読まないと、少なくとも勝敗には関わって来ないのです。ましてや「(孫子)勝ちやすい機会を捉え」ることすらできません。だから読むべきは「隠された戦略の中心」なのですが、そこは通常、言語化されていないし、姿形なく、無形です。そして戦う前に、敵の戦略の中心を捉えていれば、勝利の目算を立てることができると孫子は考えているわけです。

ビジネスでも同じことです。「某社は〜方式で製造し、〜というフレームワークで構成され、SNSを使った〜マーケティングで人気をはくした」という紹介記事が出された場合、これは戦術でしかないので、〜方式の製造等々を真似ても、毎度の二匹目のドジョウで、これを真似る企業が乱立→それぞれが潰し合う→価格が下がる→やがて商品寿命が尽きて市場から消えていく(あるいは売り難くなる)という、何千回、何万回やったかしれない、まさに教科書どおりの見慣れたバトルが繰り返されます。

製品ライフサイクル(PLC)

※参考:製品ライフサイクル(PLC)『わかりやすいマーケティング戦略』沼上幹/有斐閣アルマ

戦術だけを真似るので「成長期」に入ると競合他社が爆増し、それぞれが潰し合う(毎度の)フェーズに入ります。

戦術は取り入れやすく真似しやすいので、皆こぞってやってしまうけれども、とにかく小銭を稼げばいいということでなければ、戦術を真似するのではなく、某社の戦略の隠された中心を読まないといけないのです。繰り返しますが、それは通常、言語化されておらず、無形です。

「だったら、その中心を、某社の経営者に直接聞いてみればいいんじゃないか?」と考える人が出てくるんですけど、よほど意識的に取組んでいなければ、そもそも、なぜ成功したのか?隠された本当の理由を、ご本人も確実に知らないことが多いかもしれません。

「失敗事例は参考になるが、成功事例に再現性はない」と言われているように、商材・時代・業種業態・事業規模・地域・商圏・客層などなど、変数が、とても多いのですけれども、これらの条件を合致させないことには、科学的には「成功事例は再現できない(=参考にならない)」と言っていいと思います。

料理番組で紹介された材料や分量がバラバラだったら、番組と同じ料理を完成させることはできませんよね?それと同じ理屈です。ところがなぜかビジネス界では「同じように作れる!成功する!」と主張される方々が、とても多いです。

話が広がってしまいましたが、孫子に戻して。
『孫子の兵法』個々の文言は戦術に過ぎません。これを包括した戦略が隠されています。戦略の中心が、即ち孫子の主張です。このたくらみを、先に読まなければなりません。

3-1『孫子の兵法』は誰が書いたのか

「孫子本人が全て書いた」というよりも、おそらく孫子派の一派があって「見たこと聞いたこと習ったことを加筆した」と解釈すると、曹操が、13篇に編纂した理屈が通ります。

3-2 この構造は誰が作ったのか

我々が今見ているような、この構造は、では曹操が意図したものなのか?という疑問が次に来ますけど、曹操自身が注釈を入れているので、最初からこの構造または近い形だったのではないかと思われます。

3-3『孫子の兵法』は詩のように書かれている

構造の見方。読書に限らず何事も「全体→細部」の順で見ると、立体的に把握しやすいです。しかし多くの場合、孫子の言葉自体、つまり細部(戦術)に注目し、そこだけで掘り下げようとするので、全体(戦略)を見失ってしまいます。

では全体を見ると、どうなっているのか?
『孫子の兵法』は、詩のように書かれていることが分かります。実際に分析してみましょう。

「故に勝を知るに五あり。戦うべきと戦うべからざるとを知る者は勝つ。衆寡(しゅうか)の用を識る者は勝つ。上下の欲を同じうする者は勝つ。虞(ぐ)を以て不虞を待つ者は勝つ。将の能にして君の御(ぎょ)せざる者は勝つ。此の五者は勝を知るの道なり。故に曰わく、彼れを知りて己れを知れば、百戦して殆(あや)うからず。彼れを知らずして己れを知れば、一勝一負す。彼れを知らず己れを知らざれば、戦う毎に必らず殆うし。(謀攻篇五)」

勝利を知るためには五つのことがある。第一には戦ってよいときと戦ってはいけないときとをわきまえていれば勝つ。第二には、大軍と小勢(こぜい)とのそれぞれの用い方を知っておれば勝つ。第三には、上下の人々が心を合わせていれば勝つ。第四には、よく準備を整えて油断している敵に当たれば勝つ。第五には、将軍が有能で主君がそれに干渉しなければ勝つ。これら五つのことが勝利を知るための方法である。だから「敵情を知って身方の事情も知っておれば、百たび戦っても危険がなく、敵情を知らないで身方の事情を知っていれば、勝ったり負けたりし、敵情を知らず身方の事情も知らないのでは、戦うたびにきまって危険だ。」といわれるのである。

「彼れを知りて己れを知れば、百戦して殆うからず」という有名な言葉です。孫子の言葉自体(細部)に注目し、そこだけ抜き出して解釈すると「相手と自分をよく知れば勝てるのかな?」ぐらいの、平たい読書体験になってしまうでしょう。

よく見てください、実は穴だらけなんです。

たとえば、どういう基準で「戦ってよいとき/悪いとき」を確証すればよいのでしょう。初っ端から意味不明です。孫子にチェックを入れたら、ほとんどがチェックだらけです。

「夫(そ)れ未だ戦わずして廟算(びょうさん)して勝つ者は、算を得ること多ければなり。未だ戦わずして廟算して勝たざる者は、算を得ること少なければなり。算多きは勝ち、算少なきは勝たず。而るを況(いわ)んや算なきに於いてをや。吾れ此れを以てこれを観るに、勝負見(あら)わる(計篇四)」

開戦の前にすでに宗廟(おたまや)で目算して勝つというのは(五事七計に従って考えた結果)その勝ちめが多いからのことである。開戦の前にすでに宗廟で目算して勝てないというのは(五事七計に従って考えた結果)その勝ちめが少ないからのことである。勝ちめが多ければ勝つが、勝ちめが少なければ勝てないのである。まして勝ちめが全く無いというのではなおさらである。わたしは以上の(廟算という)ことで観察して、(事前に)勝敗をはっきりと知るのである。

※廟算〜開戦出兵に際しては、祖先の霊廟で画策し、儀式を行うのが古代の習慣。

※五事七計〜「五事」①道ー政治的な人民掌握②天ー陰陽や気温 時節などの自然界のめぐり③地ー土地の情勢④将ー将軍の人材⑤法ー軍制「七計」①主君ー敵味方どちらが人心を得ているか②将軍ーどちらが有能か③自然のめぐりーどちらに有利か④法令ーどちらが厳守されているか⑤軍隊ーどちらが強いか⑥士卒ーどちらがより訓練されているか⑦賞罰ーどちらが公平に行われているか

まるでキチッとした方程式がありそうに見えるのですが。

あるいは、こうも言っています。

「故に用兵の法は、十なれば則ちこれを囲み、五なれば則ちこれを攻め、倍すれば則ちこれを分かち、敵すれば則ち能(よ)くこれと戦い、少なければ則ち能くこれを逃れ、若(し)かざれば則ち能くこれを避く。故に小敵の堅(けん)は大敵の擒(きん)なり(謀攻篇三)」

戦争の原則としては(身方の軍勢が)十倍であれば敵軍を包囲し、五倍であれば敵軍を攻撃し、倍であれば敵軍を分裂させ、ひとしければ努力して戦い、少なければなんとか退却し、力が及ばなければうまく隠れる。(小勢では大軍に当たりがたいのが常道だからである)だから小勢なのに強気ばかりでいるのは、大部隊のとりこになるだけである。

※倍すればー身方の軍が倍のときは、敵軍に諸方に備えさせて勢力を分散させたうえで攻める。

と言いながら、もう一方では、こうも言っています。

「兵は多きを益ありとするに非ざるなり。惟(た)だ武進すること無く、力を併せて敵を料(はか)らば、以て人を取るに足らんのみ。(行軍篇九)」

戦争は兵員が多いほどよいというものではない。ただ猛進しないようにして、わが戦力を集中して敵情を考えはかっていくなら、十分に勝利を収めることができよう。

であるならば「五事七計」は何の説明ですか?となるし、兵の数が絶対ではないならば、仮に小勢でも条件を整えれば戦えるのでは?となるでしょう。

「戦ってよいとき/悪いとき」この基準「も」分かるようで分からないのです。唐の杜牧は「十に一を解せず」と言っていますけど、それくらい何もかもが分かり難く、穴だらけ隙間だらけです。

ついでに。いま出した例に沿って、巷でよく見かける孫子解釈「自分よりも強い相手とは戦わない」「敵が強いから守りに徹する」と言っている方々が多いのですが、

孫子はそんなこと言っていないのです(そう書かれていても)。言葉自体(細部)で掘り下げる平たい読書体験だと、こういった解釈になります。

『李衛公問対』唐の太宗と李靖の問答集。『孫子』のくだりで、太宗が、こう言っています「わたしが思うに、戦わずして相手を屈服させるのが上策、百戦百勝は中策、堀を深くし城壁を高くして守りを固めるのは下策である」

ここで言っているのは「消極的な守り」のことです。「相手が強いから守りに徹する」だと、下策です。

しかし、この場合はどうでしょう。敵の状況や環境を鑑みてここは守りに徹し、敵が疲弊したところ(ほころびが見えたところ)で一転攻撃に転じるという戦略もありでしょう。

どちらも、一見すると「守り」に入っていますが、前者の「消極的な守り」に対し、後者は「積極的な守り」です。敵が強いから守りに入るのではなく、戦略に基づいて守りに入ります。

太宗は、このようにも言っています。
「もともと攻めと守りは一つのことなのである」

孫子の「奇」と「正」の理屈と同じですよね?陰陽の考え方。一方が「守り」ならば、もう一方が「攻め」であり、この2つは円のようにつながって循環しているわけです。この循環を「1つの全体として見る」つまり、1つの戦略の中で考えるわけです。

それに実際は、こちらが拒否しても、敵がやる気なら戦争不可避なのですよ。そこで巷の説話どおり「自分よりも強い相手とは戦わない」「敵が強いから守りに徹する」という理屈は通らないでしょう。戦いたくない守りに徹すると言っても、敵はどんどん攻めてきます。守れません。やられっぱなしです。だから守るにしても攻めるにしても、それは戦略の中に含まれた、戦術でなければいけないのです。

したがって「自分よりも強い相手とは戦わない」「敵が強いから守りに徹する」ここを拡大して皆で大合唱しても何の意味もないわけです。言わんとしてることは、強い相手と戦う/戦わない、守る/守らないではなくて「勝てる戦略を組め」ということです。その戦略の中で、必要な戦術を繰り出す(積極的な守りに徹したり、詭道で撹乱し低コストに攻撃するなど)ということです。

『孫子の兵法』は「君主に対しての孫子PR・定石・ヒント」この内のどれかが書かれていて、答えは書かれていないのです。たとえ答えのように見えたとしても。非常に分かり難いテクストです。実践者が自ら答えを導き出さなければいけない。だから実際は、穴だらけ隙間だらけで、そのまま使えない構造になっています。

この構造を、線で表現すると以下のようになります。

詩と論文の構造の違い

論文は、読み間違えがないように、テーマに沿って論述するけれども、詩は、たっぷりの隙間に、読者自身を含めて、読者と一体化します。

なぜこういうことが起きるのかというと、この線の隙間に自分自身を含めているからです。

詩と論文の構造の違い〜構造の隙間を「私」で埋めている

論文は誤解させてはいけないので(難解だったり、変わった筆者でないかぎり、通常)自分自身を含める隙間を作りません。すると論文の受け取り方、イメージとしては、先生が板書し生徒がノートを取って、知識として理解するという、1+1は2であって、それ以外の回答は許されないので、生徒は、ここでは「受動的」になっています。

ところが詩は、そうではないのです。極端な話、1+1は50でも100でも間違いではないのです。それくらい「能動的」で、クリエイティブです。著作権を抜きにすれば、詩は、書かれたときは作者のものだけど、読者に読まれた瞬間に、読者の詩になります。なぜなら隙間に自分自身を含めて、自分の詩に変えてしまうからです。※それでOK!

角度を変えて別の例では、私小説。作家自身の体験を告白しているかのように見えて、実は、それを読んだ読者が、自分自身を告白しています。我々は、リアクションでしか「私は何者なのか」を表現することができません。作者よりも、読者こそが、多くのことを告白しています。

だからこういう言い方もできます「誤読こそ私自身である」

※念のため。老子も同じ構造なんじゃないの?という問いがあるとすれば、構造と文体は違うというのと、老子は答えが書かれているので、そもそも穴は存在しないです。

3-4 構造内の隙間に入るもの

ではその隙間に、具体的に、何が入るのか?
実践者の経験や器が入ります。
経験値や器の大小によって解釈が変わってくるということです。

先の例では「戦ってよいとき/悪いとき」原則とする「五事七計」や、孫子のヒントを参考に、実践者自ら判断して線引きをしなければならないのだけれども、実践者の経験値や器の大小によって、その判断や線引き行為が変わるということです。すると、こういう事は十分に起こり得ます、同一条件なのに、ある人は「Go!」別の人は「Back!」一般の方々は、その結果でしか正誤を判断できないけれども、各戦略の隠された中心から、正誤の理由を解き起こすこともできるはずです。

3-5 孫子の狙い

詩のように書かれている、隙間だらけの構造。このスタイルを取ったことで『孫子の兵法』は、少なくとも、2つのことを狙っていることがわかります。

  • (1)時や場所に縛られない永遠に続け
  • (2)能動的に「私」の兵法を開発し続けよ

論文は、よほど洗練されたものでないかぎり、書かれた時代の影響を受けます。知識・技術・研究が発展し、世界のありようが変わると、その情報自体が古くなるからです。一方、隙間だらけの作品は、そういった枷がないので、永遠に読み継ぐことができます。だから2500年も生き永らえることが出来たわけです。このスタイル、構造を採用したことで『孫子の兵法』は、時代を超え読み継がれることを可能にしました。

また隙間があるということは、そこに私自身を含めますから、書かれている文章それ自体ではなく、本質から、幾らでも応用発展させることができます。先生が板書して「はい」と受動的に返事してたら、こういうことはできません。『孫子の兵法』書かれたスタイル、構造からして、孫子は、そんなこと望んでいないでしょう(であれば隙間なく誤解なく書かれていたはず)。

「兵の形は水に象(かたど)る。(…)故に兵に常勢なく、常形なし。(…)故に五行に常勝なく、四時に常位なく、日に短長あり、月に死生あり(虚実篇七)」

軍の形は水の形のようなものである。(…)軍には決まった勢いというものがなく、きまった形というものもない。(…)木・火・土・金・水の五行でも、ひとつだけでいつでも勝つというものはなく、春・夏・秋・冬の四季にも、ひとつだけでいつでも止まっているというものはなく、日の出る間にも長短があり、月にも満ち欠けがある。

「凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。故に善く奇を出(い)だす者は、窮(きわ)まり無きこと天地の如く、竭(つ)きざること江河の如し。終わりて復(ま)た始まるは、四時是れなり。死して復た生ずるは、日月是れなり。声は五に過ぎざるも、五声の変は勝(あ)げて聴くべからざるなり。色は五に過ぎざるも、五色の変は勝げて観るべからざるなり。味は五に過ぎざるも、五味の変は勝げて嘗(な)むべからざるなり。戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は勝げて窮むべからざるなり。奇正の還(めぐ)りて相い生ずることは、環(かん)の端(はし)なきが如し。孰(たれ)か能(よ)くこれを窮めんや(勢篇二)」

およそ戦闘というものは、定石どおりの正法でーー 不敗の地に立ってーー 敵と会戦し、情況の変化に適応した奇法でうち勝つのである。だから、うまく奇法を使う軍隊では、その変化は天地の動きのように窮まりなく、長江や黄河の水のように尽きることがない。終わってはまたくりかえして始まるのは四季がそれであり、暗くなってまたくりかえして明るくなるのは日月がそれであるが、ちょうどそれと同じである。音は、その音階は宮(きゅう)・商・角・徴(ち)・羽の五つに過ぎないが、その五音階のまじりあった変化は無数で、とても聞きつくすことはできない・色は、その原色は青・黄・赤・白・黒の五つに過ぎないが、その五色のまじりあった変化は無数で、とても見つくすことはできない。味は、酸・辛・醎(しおから)・甘・苦の五つに過ぎないが、その五味のまじりあった変化は無数で、とても味わいつくすことはできない。それと同様に、戦闘の勢いは奇法と正法との二つの運用に過ぎないが、奇法と正法とのまじりあった変化は無数で、とても窮めつくせるものではない。奇法と正法とが互いに生まれ出てくるーー 奇中に正あり、正中に奇あり、奇から正が生まれ正から奇が生まれるというーーありさまは、丸い輪に終点がないようなものである。誰にそれが 窮められようか。

分かりやすい決め打ちは、1つもないです。そんな事は現実に起こり得ないし、科学的にも不可能だからです。条件や状況等の掛け合わせで、やり方は無限にあります。これに漏れなく答えることはできないので、孫子は、全体を詩のように書いて、かつ定石や、そのヒントとして、具体的に出しています。

ヒントの例

「敵近くして静かなる者は其の険を恃(たの)むなり。敵遠くして戦いを挑む者は人の進むを欲するなり(…)(行軍篇六)」

敵がこちらの近くに居りながら静まりかえっているのは、その地形の険しさを頼みとしているのである。敵が遠くに居ながら合戦をしかけるのは、こちらの進撃を望んでいるのである(…)

「辞の卑(ひく)くして備えを益(ま)す者は進むなり。辞の強くして進駆(しんく)する者は退くなり(…)(行軍篇七)」

敵の軍使の言葉つきがへりくだっていて守備を増強しているようなのは、進撃の準備である。言葉つきが強硬で侵攻してくるようなのは、退却の準備である(…)

「杖つきて立つ者は飢うなり。汲(く)みて先ず飲む者は渇(かつ)するなり。利を見て進まざる者は労(つか)るるなり。(…)(行軍篇八)」

兵士が杖に頼って立っているのは、その軍が飢えて弱っているのである。水汲みが水を汲んで真っ先に飲むというのは、その軍が飲料にかつえているのである。利益を認めながら進撃して来ないのは疲労しているのである(…)

等々、ヒントがたくさん用意されています。見ての通り、このままでは使えません。敵も偽装し、謀を巡らすからです。なので「状況をよく見て考えろ」では全く足りません。こちらの戦略に基づいて、適時、自ら発明する必要があります。が先に、孫子が声をあげていれば、そこに意識が向けられるので、注意深く考えるキッカケにはなるでしょう。

定石の例

「孫子曰わく、兵とは国の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。故にこれを経(はか)るに五事を以てし、これを校(くら)ぶるに計を以てして、其の情を索(もと)む(…)(計篇一)」

戦争とは国家の大事である。国民の死活がきまるところで、国家の存亡のわかれ道であるから、よくよく熟慮せねばならぬ。それゆえ、五つの事がらではかり考え、七つの目算で比べあわせて、そのときの実情を求めるのである。(…)

「軍を処(お)き敵を相(み)ること。山を絶(た)つには谷に依(よ)り、生を視て高きに処り、隆(たか)きに戦いては登ることなかれ(…)(行軍篇一)」

軍隊を置く所と敵情の観察とについてのべよう。山越えをするには谷に沿って行き、高みを見つけては高地に居り、高い所で戦うときには上に居る敵に立ち向かってはならない。(…)

等々、こちらもたくさんあります。そして同じように定石であっても、このまま使用することはできません。原理原則だけで通用するならば、そのまま「Go!」なんですけど、なにぶん相手のいることなので、こちらの理屈が通るのかどうなのかは、よくよく見極める必要があります。ただ戦争の原理原則は知っているに越したことはないので、孫子先輩から教わることは、ありがたいことです。

「定石は絶対だろ、だから定石なんだろ」というご意見があるかもしれないので、念のため、1つ例を出します。将軍になって考えてみてください。

地形がすり鉢型で、道幅が広くない山道を、どうしても行軍しなければならない時。定石ではNGです。高確率で伏兵が潜んでいるからです。しかし「こういう道を通ってはいけません」という教科書どおりの説明では足りませんよね?実際行軍しなければならないので。したがって行軍する側は、まずは斥候を放つでしょう。本隊が山道に入り込む前に、伏兵がいないかどうかをチェックさせるわけです。戻ってきて「大丈夫でした」と斥候から報告を受けても、見逃している可能性があります。反対に、この行軍を待ち受けている側は、どうでしょう?定石通りに、チャッチャと伏兵を置いて「しめしめ」みたいな。先に情報収集しないとこういうことになります。ここでは、しっかり情報収集しているというていで話を進めますけど、どうやら敵将は「賢く用心深い人で、トリック使用の過去事例がある」ということが分かっています。ではここに伏兵を置くべきでしょうか?おそらく敵将はそれを十分に想定しています。定石ではNGの山道を通り、不利から有利な状態へと情勢逆転のため、罠を仕掛けているかもしれません。あるいは、そんなことは杞憂で、定石通りに伏兵に討たせる判断で良いのかもしれない。

この例だと、敵将がややこしい人なので、定石NGの山道を行軍する側を、迎え伐つ側も、敵のフォーメーションを事前に確認し、把握する必要があるでしょう。陰陽の考え方。1つの全体として見た場合、そこで「伐つ(伏兵を置く)/伐たない(置かない)」の問いではなくなる可能性も念頭に置いておかなければなりません。目先目先で考えると「ここで伐つのか伐たないのか」の二択になってしまうけれども、そうではなく、ここでやりたいことは、この面倒臭い状況の全体から「いかに自軍有利に作用させるか」を優先して考えればよいわけです。

条件や状況等の掛け合わせで、やり方は無限にあると先ほど申し上げました。この簡単な例でも分かるように、1つ1つの判断が、とても難しいです。

だから孫子は、定石やヒントは出すけれども、基本的には、やり方は無限にあるため『孫子の兵法』を参考にしながら「能動的に「私」の兵法を開発し続けよ」と言っているわけです。

ちなみに、この例の中で「先に情報収集しないとこういうことになります」と、さらっと通り過ぎましたけど、ここで何が行われているのか、拡大してみましょう。

全体(戦略)→細部(戦術)の順で見るんでしたよね?すると、マクロからミクロへと落とし込むわけだから、

  • (1)世界情勢→広く情報収集し、政治から経済、人心まで傾向を読み取る。
  • (2)地域情勢→近隣国や予想される対象国のすべてに間者を置く。
  • (3)現場の情勢→情報正誤の確認のため斥候を放つ。

これらを「事前にやっています」が前提です。その上で「奇」と「正」を組み合わせ、不確実性が高い現場の判断で、柔軟に対応せよと。

勇敢な軍事的天才を想定するクラウゼヴィッツとは異なり、孫子は、慎重に慎重を期す将軍を、奨励しています。なので前提条件が非常に多いです。ここでは主に情報について述べているけれども、政治レベルからして、仕込みまくるのが前提です。「やるべきことを事前にやっているからこそ、現場で正しく判断できるよね?」という考え方です。日々の勉強をしっかりやっていれば、当日試験に合格するよ!と言っているようなものです。数々の前提条件は、開戦前に、終わらせていないといけない前提です。でなければ「戦わずして勝つ」ことなどできないと。事前にやるべきことをやらずに現場で「さあどうやって勝とうかな?そうだ勇敢に!勇気を出して進め!」みたいな、こういう呑気者に対しては「敗軍は、まず戦争をはじめてからあとで勝利を求めるものである」と孫子は嫌みを言うことを忘れません。

確かに孫子も「戦いに巧みな人は〜」と言っています。その言葉自体(細部)で解釈すると、最高司令官の能力に依存しているかのように見えるけれども、全体で解釈すれば、個々の能力に依らず、事前準備や工夫を努力で積み上げることを奨励しているように見えます。するとクラウゼヴィッツから「いや不確実性は埋められないよ」と返されてしまいますけれども、その不確実性すらも、孫子の立ち位置であれば、努力や工夫である程度埋めることができます。これは後で詳しく述べます。

そうは言っても現実問題「いくら情報収集し、間者だろうが斥候だろうが、どれだけ放っても最終的に敵の形が全く読めません!」ということもあるでしょう。この場合は、どうしたらよいのでしょうか。孫子はちゃんと答えています。

孫子曰く「まず動かしてみて」

「故にこれを策(はか)りて得失(とくしつ)の計を知り、これを作(おこ)して動静の理を知り、これを形(あらわ)して死生の地を知り、之に角(ふ)れて有余不足の処を知る(虚実篇五)」

戦いの前に敵の虚実を知るためには、敵情を目算してみて利害損得の見積りを知り、敵軍を刺激して動かせてみて、その行動の基準を知り、敵軍のはっきりした態勢を把握して、その敗死すべき地勢と敗れない地勢とを知り、敵軍と小ぜりあいをしてみて優勢な所と手薄な所とを知るのである。

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